Bira
早速体感、ムビラ・ライブ

2011.7.30 / Zimbabwe(Chitungwiza) 本日 自転車0km走行 : Total 30836km走行
天気:晴
朝飯→なし 昼飯→チキンとかいろいろ 夕飯→サザ&チキン / 宿→ガリカイさん宅にホームステイ

(English)
 Today I could see Mbira Live.



 昨晩「ココに寝て」と言われて寝させてもらったベッド、大の大人3人で一つのベッドで寝ることになりまして・・・いや、狭すぎ。いくらドコでも寝られるオイラとはいえ、この状態ではまったく寝られない。今日から、床に寝袋で寝かせてもらうことにしよう。

 そんな睡眠不足の朝、テゥナシが「ヨシはラッキーだ!」と言ってくれまして。実は、今日、近くの町で、儀式パーティがあって、ムビラ演奏をするために、出かけるというのだ。それにオイラも連れて行ってくれるという。いや、そりゃ、ホントラッキーな話ですわ。

 皆さんムビラを持って、バスに乗り込む。到着したのは、一軒の家。薄暗い部屋の中に案内され、早速ムビラ演奏が始まった。複数のムビラとシェイカー(マラカスのようなリズム楽器)による合奏。一台だと、優しい音色を奏でるムビラですが、合奏になると、強烈なダンスサウンドになる。奏でられる音楽にあわせて踊り始める皆さん。

 延々繰り返されるミニマムフレーズ。長い一曲の演奏が終わると、しばし、休憩タイム。ビールやら地酒を飲んで、一休みした後、また演奏が始まる。そんなことがずっとくりかえされ、最初は興味シンシンだったオイラも、ちょっと飽きてきた。

 と、それまで普通のおじさんだった現地の人が、なにやら、衣装をまといはじめるのが見えた。で、演奏が終わったのに、酩酊状態で、なにやらブツブツつぶやくおじさん。どうやら、この人は、<預言者>と言われる人らしい。ブツブツ言っているのは、どうやら、神の言葉のようで。そうか、これ、儀式だったんだ、とこの時初めて実感。ただのダンスパーティじゃなかったのね。

 このおじさんに、相談事がある村人が、なにやら、悩み事を話す。おじさんは、神の声として、その悩みに答える。フムフム興味深い。なんていうのか、こういう<非日常空間>を演出することで、日常の鬱憤を開放する場って、大事な社会システムだと思うんですよ。ここには、それがちゃんと残されていて。

 近代化が進むと、そういう場は失われていく。近代人が社会の中で行き場のないモヤモヤを抱えてしまうのは、こういったガス抜きの場がなくなってしまったからなんだと思う。かくいうオイラも、そんなモヤモヤを抱えてしまった近代人の一人でして。オイラの場合、そのガス抜きに、<旅>という非日常を選んだのですが。

 朝から始まったこの儀式、延々と夜になるまで続きまして。ムビラの音色がいろいろな想いをオイラの中に沸き起こしてくれたのでした。