I want to do like this live stage
援助と愛の関係について

2013.2.14 / Senegal(Kafountine) 本日 自転車0km走行 : Total 43370km走行
天気:晴 ネット:1
朝飯→サンドイッチ 昼飯→チェブジェン 夕飯→ビスケット / 宿→Casa di Mansa(3000CFA)

(English)
 I stayed in Kafountine.



 そうそう、今泊まっている宿、カサ・ディ・マンシャ。相変わらず、上水も電気も通ってません。体を洗う水や、トイレを流す水は、井戸からくみ上げてこなければならない。意外とね、こういう生活も、慣れてしまえば不便ではないのですよ。ちなみに、そんな水道も通っていない場所があるカフォンティンにも、携帯電話は溢れている。水道より携帯電話の普及を優先させるアフリカって・・・と、先進諸国の概念では、発展の順序が違うのではないか、と思うかもしれませんが、それは、先進国的思考によるエゴなのではないか、と。アフリカの人たちの必要の優先度から言ったら、とりあえず井戸でなんとかなっている水より、コミュニケーション。携帯電話で誰かと話ができるってほうが、大事なんではないかと、思わされるのですよ、ハイ。

 青木さんと話した時、青木さんが師匠にレッスン代を支払ったら、まず師匠が買ったものは、スマートフォンだったと言っていた。そして、次に買ったのが服だったと。うん、ヴィア師匠も、オイラがレッスン代を支払ったら、早速新品のサングラス買ってたからな。アフリカ人って、コミュニケーションやファッションにお金をかける人たちなんです。

 だったら、そういうことを充実させてあげるのが、アフリカ人にとっていいことになるのか・・・

 イスタンブールの宿ツリーオブライフで、知り合ったダイスケくんと、アジアやアフリカに対する援助について話が展開したことがあったんです。援助って、実は、結構難しいことなんですよ。相手が望むものを提供するのが援助なのか・・・いやいや、そういう近視眼的な欲求より、長期的視点に基づく物資を提供してこそが援助ではないか、と・・・ただ、長期的視点に基づいて、水道や学校をつくってあげればいいっていう話でもないような気がするって話になりまして。

 途上国に対して、援助という名で、学校を作っても、建物を作っただけっていう状況が多いのも事実らしいのですよ。それって、<援助した>という援助した側の上から目線の心が満たされただけでしかないのではないかと。(もちろん、そうではない学校建築があるのも事実。カンボジアに学校を作った後も、ちゃんとフォローし続けている<かでぐりさん>たちの行動が、ホントの援助なんだと思う。彼らの行動はホントすごい。)

 結局、援助が援助になるかどうかって、援助する側に、その地に対する<愛>があるかどうかってことなんだと思うんですよ。その地に対して愛があるのならば、自然と、その地にとって益となることを施せると思うのです。例えば、オイラならば、今のところ、メヒコとセネガルには、ちゃんと力になれると我ながら思う。この二つの国に対しては、オイラは愛を持っているからね。が、その他の国に対しては・・・多分、自己欺瞞になってしまうのではないかな。好きな国もいっぱいあるけど、他の国にはメヒコやセネガルほどの愛を持てていない・・・

 う~ん、話が愛にまで飛んでいったか・・・この話は、深すぎるため、今日の日記ではまとめきれない。いずれ、またどこかの機会で語ります、ハイ。

 ちなみに、本日、愛の日であるバレンタインデー。カーニバルは赤(もしくはピンク)か、黒の服で、というドレスコードがあったんですが・・・みなさん、やっぱりそれぞれでした。せっかくオイラは、赤と黒で決めていったのに・・・

 さてさて、そんな今日もカーニバル、ステージは大当たりだった。というか、今日見たバンドのステージが一番凄かった。ギター+打楽器隊+ダンサーという組み合わせのこのバンド。とにかくアップテンポなリズムばかりで、ノリノリ。ダンサーのお姉さん達が踊って、客を煽ると、客がステージに乗ってきて、踊りまくり。う~む、オイラが音楽で目指しているのは、こういうステージではなかったか?と思わされたステージが目の前で繰り広げられていた。

 気分が高揚する音楽。そして、その高揚が<ダンス>という表現で爆発する。ああ、こんなライブをいつの日かやりたい。

 ・・・と思うのだが、このステージの高揚感は、セネガルダンスがあってこそなんだと思うんです。う~ん、セネガル人のオネエチャンたちをスカウトして、メンバーに含めた、セネガルバンドを結成せねばならないか・・・