Information from Media
伝えられる情報は、ほんの一面でしかない

2011.11.15 / Kenya(Nairobi) 本日 自転車0km走行 : Total 34997km走行
天気:晴時々曇 ネット:1
朝飯→パン 昼飯→ピラウ 夕飯→ティラピアカレー / 宿→New Kenya Lodge(1000ケニアシリング)

(English)
 Today I stayed in Nairobi.



 日本人バックパッカーがよく泊まる、ここ<ニューケニアロッジ>、本棚に日本語の本や雑誌が置いてありまして。相変わらず、日本の活字本に飢えているオイラは、ガツガツ読書。

 で、ある雑誌を見ていて、そこに掲載されていたひとつの広告に目が留まった。アフリカの子供たちを救いたいという趣旨のチャリティー広告だ。ここには、ザンビアの少女が赤ちゃんを抱えている写真が掲載されていた。両親を失い、出産時に命を落としたお姉さんの子供を預かり、生きてきたというこの少女。なるほど、こういう少女もいるとは思う。社会福祉は十分ではなく、不幸にあった子供たちが、まっとうに生きていけるシステムはないのが現状のアフリカ。

 でも、旅をして、自分の目でアフリカを見てきたオイラには、この手の広告に、違和感を感じるようになっていた。

 伝えられるアフリカのイメージが<画一的>過ぎるのだ。黒柳徹子さんが「アフリカの子供たちに援助を」と訴え続けていた頃から、一貫して<貧困>のイメージで、アフリカを括るメディアイメージ。フレンドリーなアフリカ、貧しくても陽気で楽しそうなアフリカ、こういった陽のイメージが、日本のメディアで伝えられることは少ない。アフリカを伝える時、かならず、不幸、貧困、陰、危険というイメージに帰着させて物語が作られ、伝えられる。

 確かに、そういう面もアフリカにはあるのだが、それはあくまで小さな一面でしかない。なのに、それしかメディアで伝えられないことにより、それが、アフリカの全てと思わされてしまう。

 オイラ自身も、アフリカを実際に自分の目で見るまでは、アフリカとは、この広告で表現されているような状況で溢れているんだろうって思っていた。哀しみに包まれた大地アフリカって、勝手に思っていた。が、実際にこの眼で見たアフリカは、そんなことはなかった。旅人として、表面的な部分しか見えていないのかもしれないけど、少なくとも、表面的な部分は、ホントに明るい大地なのだ。アフリカほど、訪れてみて、以前持っていた自分のイメージとのギャップを感じた地はほかにない。

 伝えられる情報というのは、ほんの一部でしかないのだ。その一部が100の場合もあるが、その一部が1の場合もある。1しか伝えられていないにもかかわらず、伝えられた情報を100だと信じるのは非常に危険。メディアの時代・・・ひとところに居ながら、世界中の情報が手に入るようにはなってきて、<旅>なんてしなくても、世界を知ることはできる。だから<旅>なんていらないんじゃね?という意見も出てくるのかもしれないけれども、オイラは、やっぱり<旅>はなくならないと思うし、自分で旅をするということは、こんな時代だからこそ重要なことなんだと思う。それは、<自分の体内センサーを使って世界を見る>ということによってのみ、世界は自分の真実となりえるからだ。<他者のフィルターを介した情報で世界を知る>ことは、自分の真実ではない。それは他者の構築した虚構に基づいた、自分の中の虚構でしかないのだ。

 なんてことを、一ページの広告を見ながら考えていたら、あっというまにお昼過ぎになってしまった。いかん、このままでは、ナイロビ、ダラダラ生活になってしまう・・・と、とりあえず、ナイロビの街を散策しながら、いろいろやらねばならないことをこなすことに。

 まず、液晶面が割れてしまって使いづらいiPod Touchを修理(もしくは買い替え)すべく、デジタルガジェットを扱ってそうな店を探したのだが・・・いや、探すまでもなく、デジタルガジェットはそこいら辺の店で扱われていた。いたのだが・・・店先に並べられているのは、携帯電話ばかり。ホント、どこの店を覗いても、同じような携帯ばかりが並んでいるのだ。iPod Touchなんて扱ってそうな店はない。たまにiPhoneが置いてある店があるのだが、見せてもらうと、なにやら、パッチモノくさい。とりあえず、修理店みたいなのを発見したので、「これ、修理できませんか?」と、オイラのiPod Touchを渡したところ、「う~ん、この液晶はうちにはないねぇ・・・」と、どこも断られる始末。え~・・・ナイロビに来たら、なんとかなると思っていたのにぃ・・・修理もできないし、買い替えもできないなんて。

 そうそう、ナイロビって思っていたより、都会っぽくない。宿がたくさんあって、食べるところがいっぱいあって、銀行のビルがあるのは、街っぽいんだけど・・・なんか、都会って感じじゃない。洗練されていないっていうか、やっぱりアフリカの街なんだなって。期待していただけに、ちょっとガッカリ。自転車屋とか、パーツがズラリと並べてあるんだろうなって思っていたのに、どの自転車屋を覗いても、ほかのアフリカの町の自転車屋にちょっと毛を生やした程度。ナイロビでパーツが買えたら、日本からの救援物資要求をしなくて、すむかも、って思っていたのだが・・・やっぱり、救援要求はしなきゃいけないようだ。

 アフリカ、やっぱり、モノが溢れている地ではない。う~ん、でも、ナイロビは違うと思っていたんだけどなぁ・・・ナイロビもやっぱりアフリカのひとつでしかないのかぁ・・・