(English)
Today I stayed in Nairobi.
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「ちょっとこっちに来い」
いつものように日記を書き上げ、ネット屋に向かおうと、宿を出て、通りを歩き始めた瞬間、銃を肩から提げたポリスマンが、肩に手をやり、オイラの動きを止めた。
「パスポートを見せろ」
威圧的な態度で指示をするポリスマン。差し出したパスポートをチェックし終えた後、今度は、
「カメラを見せろ」
と、きた。カメラ???なぜカメラなのだ。渋るオイラに「早くしろ!」と高圧的な態度で有無を言わせないポリスマン。ポケットから取り出すカメラ。さっき撮った写真を見せろ、という。
さっき撮った写真・・・?
確かに、さきほど、宿から出た時、久々に青空が見えたので、思わず、写真を撮っていた。プレビューして写真を見せたところ「これだけか?」と。「ええ、これだけです」と答えると、「なんで、写真を撮った」と聞いてくる。
なんで・・・?
意味なんて特にない。しょうがないので「ただの記録だ」と答えるが、「ただの記録?」と全然納得していない様子。「お前の職業はなんだ?」と、職務尋問が始まってしまった。なんなんだよ、ただ、街を歩いていただけじゃないか。そこへ、三人のおじさんたちが唐突にやってきて、ポリスマンとなにやら話しはじめた。そして、そのおじさんの中の一人が、ポリスマンが手にしていたオイラのパスポートを勝手にとって見始めた。なになに?なんで、おじさんが勝手に見てんの、オイラのパスポート、と思って、返してもらおうと、手を伸ばしたら、「俺たちは警察だ」と。ポリスマンの身分証を出してきたおじさんたち、どうやら、私服のポリスマンらしい。
四人のポリスマンに囲まれ、なんか事態が大事になってきた。通りで取り調べるのもなんだから、とオイラが泊まっている宿のグランドフロアで、取り調べられることに。顔なじみの宿の門番をしているガードマンが、チラチラとこちらを見るのだが、関わり合いになりたくないと思っているのか、近づいてこない。
「カバンに入っているモノを全部出せ」
なんで、そこまでしなくちゃなんないの?と、ちょいと強気を出して反抗してみたのだが、「いいから出せ!」という強い口調に圧倒され、カバンの中身を出すオイラ。
そんなオイラに、四人の中で一番優しそうな顔をしているおじさんポリスが、ワケを説明してくれた。なんでも、ソマリアへの軍事派兵への報復などがあり、ナイロビ警察は、テロリストに非常に警戒をしているところなんだ、と。今のナイロビでは、写真を撮る、ということは、テロリストと疑われてもしょうがない行為なんだよ、と。それに、キミの写真を撮る姿が怪しかったからみたいだからさ、と。
写真を撮る姿が怪しかった・・・
確かに、これからはカメラをひったくられないように、と用心深くなったオイラは、写真を撮ったら、すばやくカメラをポケットにしまうようになった。それを、怪しかった、って思われるなんて・・・堂々と撮っていたらひったくられるし、用心深く撮っていたら怪しまれるって・・・じゃぁ、一体どうすればいいってワケ?
なんて、逆上してもしょうがない。とにかく、今、オイラにはテロリスト容疑がかけられているということが分かった。それでか、この威圧感。
ああ、写真なんて撮らなきゃよかったよぉ、なんて悔やんでも後の祭り。完全にテロリスト扱いだ。カバンから取り出す一つ一つのモノを、細かくチェックしていくポリスマン四人。ま、別に怪しいものは持っていないし、疑いは疑い。調べ終われば解放してくれるでしょ、と思っていたら・・・
「これはなんだ?」
と一人のポリスマンが手にしたのは、急に尿意がもよおしてしまった時のために、と常時カバンに入れている携帯トイレ。黒いビニール袋の底内側に、吸水材として、ポリアクリル酸ソーダが入っており、このビニール内におしっこをすると、中で水がゼリー状に固まり、ゴミ箱にポイ捨てできるようになる、という便利グッズだ。
が、これ、英語での説明が難しい。ポータブルトイレという説明に納得しないポリスマンは、「なにかが入っている」と、ビニール袋の底内側を破いて確認しはじめた。そして、そこから出てきたのは、白い粉。もちろん、これ、ポリアクリル酸ソーダなのだが・・・
「ドラッグだな!」
と、鬼の首でもとったかのように、眼を輝かせはじめたポリスマン。なんだ、この漫画のような展開は・・・自分の身に降りかかっていることなのだが、なんだか、客観的に、非常に滑稽な状況に巻き込まれているように思えて、思わず、笑い出しそうになってしまった。
が、睨んでくるポリスマンの厳しい眼が現実に引き戻す。ああ、そうだ、弁解しなくちゃ。このままでは、クスリ所持容疑もかけられてしまう、っていうか、もうかけられちゃっている。これは違う、ドラッグではない、クスリではない、と懸命に説明するオイラ。が、ビニール袋に入っている取扱説明書は、日本語。ポリスマンたちが日本語を読めるわけじゃないし、オイラの説明ははなからウソと思って信じてもらえない。
「署に連れて行く」
と、言われ手錠がとりだされた。これは、現実なのか?オイラは、ケニアで逮捕されるのか?手錠を見て、一気に、干上がった喉の乾きが、リアルだってことをオイラに伝える。
「逃げないで署に行くから、手錠はかんべんして」
と言って、手錠は勘弁してもらい、三人のポリスマンに囲まれて連行されるオイラ。「キミはドラッグじゃないと言うが、ま、大抵のヤツはそういうからね」「鑑定すればすぐにわかることさ。刑務所行きだよ」と言ってくる。望むところだ、ドラッグじゃないんだから。白い粉がポリアクリル酸ソーダだと分かって、恥をかくのはお前たちだ、と思うオイラだったのだが・・・「ただ、鑑定に時間かかるしな・・・二、三日はまず、拘束だ」と、ポリスマン。
二、三日・・・拘束!?
思わず立ち止まるオイラ。で、この時気づいた。オイラの横にポリスマンが二人しかいないことを。簡易トイレを持っているポリスがいなくなっている。ひょっとして、証拠すり替えか?・・・ポリアクリル酸ソーダが、本物のドラッグに入れ替えられて、「ほらみろ、やっぱり」って冤罪がでっちあげられるのか?
どうせ、オイラは何もしていないんだから、大丈夫でしょ、と思っていた心が一気に折れた。そうだ、罪は作られることもありうるのだ・・・
オイラが不安になったことを知ってか知らずか、しばらく歩いたところで、二人のポリスマンが立ち止まり、オイラに妙な説得を始めた。
「いいか、このまま署に行ったら、君は、間違いなく刑務所行きなんだぞ」
「・・・」
「理解できるか?署に行ったら、だな」
署に行く前にお金を払えってことか?これは賄賂の婉曲的要求なのか?
冷静になって考えると、明らかに彼らの行為は怪しかった。署に行くといいつつ、まっすぐ署に向かうルートを歩かせず、脅しをかけながら、変なルートをダラダラと歩かせていたのだ。
やましいことはしていない。が、一旦疑いをかけられてしまうと、身の潔白を証明するのも実は困難なのだ。だって、ここは外国。説明するだけの語学力がない。そして、一人。しかも、証拠が手元から離れてしまった。証拠が改ざんされてしまっている可能性もある。
もし、証拠が改ざんされていなかったとしても、白い粉の検査のため二、三日拘束されるというのは本当なのだろう。そんなのヤダ。そして、何より気になっているのが、取り上げられたままのパスポートとカメラ。パスポートは戻ってくるんだろうが、拘束なんてされちゃったら、カメラが、このままネコババされちゃう可能性もある。手に入れたばかりのカメラが・・・まだ一日しか使っていないカメラが・・・
ここは泣く泣く賄賂を払ってのがれることにしよう。
が、要求されたのは、アホか?と言いたくなる額だった。当然、そんな額、払えるはずもない。これはやっぱり取り調べられるしかないのか、と「そんな額払えません」というオイラに、「じゃぁ、署に行こう」と言うポリスマン。再び歩きはじめた我々だったのだが・・・やっぱり、考えれば考えるほど、不安になってきた。そんな不安を感づかれたか、「どうした?やっぱり署に行きたくないか」ときた。「署には行きたくないが、あの額は払えない」というオイラに、じゃぁと提示してきた額。さっきより減額されていたものの、これも、結構な額・・・だったのだが、これ以上交渉はできそうになかったので・・・払ってしまいました・・・
ああ、額を書くと落ち込むので、ここは書かずにおこう。
お金を払ったら、ケロッとしたもので、二人のポリスは、「宿まで帰れるか?送っていこうか?」なんて言ってきた。ああ、これは、結局、カモにされちゃったってことなんだろう・・・か?よくよく考えたら、ポリスに呼び止められて、すぐに私服警察三人が合流ってとこが怪しい。申し合わせていたような流れ。初めから仕組まれていたってことも考えられないこともない。
賄賂を払ってのがれたのがよかったのか、署に行って戦ったほうがよかったのかは分からない。とりあえず、今、無事にあの時のことを振り返って日記を書ける自分はいる。そして、日記を書けば、モヤモヤした気持ちが晴れるかと思いきや、今回ばっかりはそうもいかなかった。なんか、カメラをひったくられた時より、深く心がえぐられた気がする。今回のは、警察という権力を振りかざして、お金をまきあげていったのだ。逮捕、留置という負のイメージをちらつかせ、人を屈服させてきたのだ。この負のプレッシャーに、心がだいぶ傷めつけられた。
こういうことって、自分の身に降りかかって初めて実感できる。痛い失敗を二度体験して、ようやく、ナイロビ、気をつけねばならない街だという意味が分かった。真昼間でも突然牙をむいてくる悪意。平穏な風景の裏に、邪悪なものがうごめいているのだ。なにもなく、通過していたら、きっと、ナイロビ、いい街だったよ、って思っていたに違いない。裏の顔・・・見たくはなかったけど、見れたことで、ようやくこの街を知ることができた、という矛盾。旅は楽しむものっていう観点からすれば、嫌な思い出だけど、旅をして世の中を知るっていう観点からみれば、いい経験をしたとも言えなくもない。ああ、旅って、やっぱり悩ましい。
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