Australopithecus Afarensis "Lucy"
人類創生の地で遥かなるご先祖様を想う

2012.2.13 / Ethiopia(Addis Ababa) 本日 自転車0km走行 : Total 36729km走行
天気:晴 ネット:1
朝飯→パン 昼飯→ピザ 夕飯→フィッシュゴーラッシュ / 宿→Taitu Hotel(139ブル)

(English)
 Today I went to National Museum of Ethiopia. I met "Lucy".



 ダナキルに向かう車内で、こんな会話が繰り広げられていた。「ところで、ルーシーってどこで発見されたの?アファールなんでしょ。これから向かうところ?」と、エリック。「うん、アファールではあるんだけど、僕らが向かうほうではなく、もっと南よりのアファールで発見されたんだよ、ルーシーは。」と、運転手のモーガス。

 ルーシー

 1974年、エチオピア北東部のアファール、アワッシュ川下流域で発見された化石人骨。年代は350万年以前のモノと判明し、当時、人類の最も古い先祖の化石遺骨として知られていることになった、アウストラロピテクス、猿人の骨。発見した発掘調査の考古学チームのテントで、たまたま流れていたビートルズの<Lucy in the sky with diamonds>から、<ルーシー>という愛称で呼ばれることになった化石人骨。

 現在レプリカではありますが、その<ルーシー>が、アディスの国立博物館で見れると聞いてまして。が、始めは全然興味がなかったんですよ、ルーシーには。最初アディスに滞在していた時は、あれだけ暇があったというのに、国立博物館の入場料は10ブル(50円)というなんでもない値段だっていうことも知っていたというのに、足を向けることはなかったんです。

 が、ダナキルに行き、場所がちょっと違うとはいえ、この目で、<人類のもっとも古い先祖の人骨>が発見された場所を見てきたら、がぜん、ルーシーに会いたくなってしまいまして。

 ということで、会いに来ました、ルーシーに。

 国立博物館に入って、地下の展示場に降りる。そこには、人類創生を追う流れで、エチオピアで発見された人類の祖先と思われる人骨が年代ごとに並べられている。そんなコーナーを見ながら、奥へ奥へ行くと、<Lucy room>と書かれた部屋に辿り着いた。

 ここの敷居をまたぐと・・・

 目の前にはルーシーが。

 ああ、オイラの何世代前か全然分からないほど昔の、ひいひいひいひい・・・おばあちゃま。

 ちなみに、ルーシーが発見された1974年当時、このルーシーが、人類のもっとも古い先祖の化石遺骨と言われていたのですが、その後、進められた発掘調査で、ルーシーよりもさらに古い時代のものとされる、化石遺骨が見つかったりもしているのです。1992年、同じくエチオピアの、オモ川下流域で、ルーシーよりも100万年以上も前のものとされるラミダス猿人の化石遺骨、<アルディ>と名づけられた骨が発見されている。また、ルーシーやアルディのような全身に近い化石遺骨ではなく、部分遺骨ではあるのだが、チャドで、サヘラントロプス・チャデンシス(約700万年前)、ケニアでオロリン・ツゲネンシス(約600万年前)などが見つかっている。

 このように、人類の先祖と思われる古代猿人の遺骨が相次いで発見されていることから、アフリカが人類創生の地だと言われている。しかも、相当数の猿人遺骨が出てきたエチオピアは、特に、人類が生まれた国として認知されるようになってきた。

 では、そもそも、なぜ、<この地で>人類創生となったのか。サルが人類へと変化していったのか。諸説あるのだが、大地溝帯と関連しているというのが興味深い。エチオピア、ケニアと大地溝帯をこの目で見てきたオイラとしては、この説に共感を覚える。その説とは・・・プレートの変動で出来た大地溝帯の大地の割れ目、この大きな地殻変動により、形成された山のせいで、大地溝帯の東側が乾燥してしまった。その結果、森だったところが草原に変わり、森に住んでいた人類の祖先であるサルが、木の上での生活が出来なくなり、地上へ降り立つことを余儀なくされ、しょうがなく二足歩行で歩くようになったという説。この、二足歩行を余儀なくされた種族こそ、人間の祖先なのだ、と。つまり、地球に割れ目が出来てしまい、東西に分けられた人類の祖先に当たる類人猿のうち、東側に取り残された方が、人類に進化した、というもの。

 この説、もっともらしいのですが、今や西側からも猿人の化石遺骨が発掘されたり、これらの猿人がいたとされている時代には、まだ緑が青々と大地を覆っていたなんて、話も出てきていて、今や、この学説も、本当かいな、ということになっちゃってます。

 じゃぁ、どうして、サルが、二足歩行をするようになったのか?それは、今もって謎なんです。

 二足歩行をすることによって、サルがサルでなくなり、これまでの動物とは違った側面を持ち始め、人に進化していったのだろうということは、動物進化学的に定説として語られていまして。二本足で立ったから、手が使えるようになった。また、目の位置が変わって世の中を平行に見ることができるようになった。つまり、<ここ>と<あそこ>という距離の違いを概念として捉えることができるようになった。これらの刺激の変化が、脳に影響し、脳にも重大な変化を及ぼすことになり、人間っぽい脳になっていったと。つまり、現在、理性脳と言われている大脳皮質の部分が肥大し、人間らしくなっていった、と。そう、人間らしくなっていったのだが、急激な変化に対応しなければならなかったためか、動物であった時代の脳も、なくなることなく、そのまま残されることになってしまったというのです。これが、残酷な心を発生させるという<ワニの脳>といわれている大脳基底核あたりにある反射脳と、狡猾な心を発生させるという<ネズミの脳>といわれている大脳辺縁系あたりにある情動脳。

 この残された二つの脳が、その後の進化を続けた人間を悩ませることになる。人が理性の脳によって、本能のままにふるまおうとするワニやネズミの脳をコントロールしなければならなくなったのだ。欲望を抑えたり、鎮めたり、煩悩を絶つという意味で、宗教が生まれた。そして、さらなる高次元で、理性の脳が本能の脳の暴走を抑えるために、舞踊や哲学や建築、文芸といった文化を生むことになる。

 そう考えると、今の僕らの人類的な営みというのは、大地溝帯で、たまたま歩き始めた一匹のサルから始まったのだが、そのサルが、進化を急ぎすぎてしまったせいで、不完全な形で脳を肥大化させてしまったがゆえに生まれでたもの。人間が人間としての悩みを抱えていかざるをえなくなったがゆえに、行き着いた世界、ということなのですな。

 もし、進化の過程が違っていたら・・・

 ああ、ロマンですがな。

 人類創生の謎、人類の悩みの起源、人類の葛藤の歴史、そして、違った人類が創生していたかもしれない可能性、それらが進化して作り上げていったかもしれない別の世界・・・

 ここへくると、そんなロマンを無性に知りたくなります、考えたくなります。学習意欲に沸きます。宿に戻ってから、ずっと、<人類創生、エチオピア、ルーシー、アファール原人>といったキーワードで検索をし続け、人類創生に関する記事をかたっぱしから読み込んじゃって、妄想にふけっていましたから。アディスにきたら、ぜひ、国立博物館へ、と、最初まったく興味がなかったオイラが言う。

 さて、オイラはこれから、ルーシーより前の人類の祖先と言われる<アルディ>が発見されたオモ川が流れるエチオピア南部地域へと旅に出ることになる。人類創生の地への旅第二弾だ。そして、今度訪れるのは、今も民族のるつぼと言われるオモ川流域。ああ、南部旅は、どう楽しもうかちょっと悩んでいたんだけど・・・やっぱり民族だ。人類発祥の直系の子孫たちとの出会いだ。

 めっちゃ楽しみになってきたぞぉ。