(English)
Today we came back from Omo Valley to Arba Minch. I thought South Ethiopia trip was "This is Africa".
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さて、今日はトゥルミでマーケットが開かれる月曜日。プランでは、そのトゥルミのマーケットを見ることになっているのではあるが、トゥルミのマーケットは、開かれる時間が遅いとのこと。で、それを見ていたのでは、帰りの乗り物がなくなってしまうからどうしよう、とベンジが言い始めまして。いや、そんなことは、前々から分かっていることじゃないのかい?それなのに、このプランで行けるって言ったのは、あなたのところのアソシエーションじゃないのかい?そして、ベンジ自身も、このプランに合意したんじゃないか。
多分、ベンジは早く帰りたかったんだと思う。体調が悪いのは本当っぽい。ま、オイラも、トゥルミのマーケットを絶対見たいってほど強い思いもなくなっていたので、じゃぁ、朝早く、コンソに向かうトラックがあるという時間に出発しよう、ということになった。
で、朝6時に宿を出て、トラックが待つ広場へ。そこでは、出発の準備をするトラックの運転手と、助手のお兄さんの姿が。ベンジが交渉して、コンソまで乗せてもらえることになり、「今日はよろしく」と挨拶。で、彼らの様子を見ていたのだが・・・なんか、トラックのエンジン音が変。不安を覚えたものの、こういうものなのかも、って思うことにしたオイラであったが・・・後にこの不安が的中することになるとは。
さて、今回も助手席に乗せてもらい、出発。来た道とは違い、ディメカ&カイアファールを経由しないでコンソへと向かう近道を通るらしい。この道、近道ではあるのだが、道が悪い。来た道も、未舗装でしんどい道だと思っていたが、それ以上に大変な道らしい。そんな道を走り始めて4kmほどいったところで、トラックが変な空気音を発し始めた。とりあえず、停めて様子を見てみる運転手とその助手。どうやら、致命的な故障らしい。「修理するよ」といって、工具を持ち出し、トラックをいじりはじめた彼ら。しばらく車内で待ったのだが、全然直る気配がない。修理に相当時間がかかりそうな様子。とりあえず、トラックから降りて、道端に座って修理が終わるのを待つことに。その間に、何人ものハマルの人たちが、オイラたちの目の前を横切っていった。おそらくマーケットに行くため、トゥルミの村へと歩いているのだ。そして、逆に、トゥルミの村からは、何台ものランクルが、オイラたちの向かいたい方向に走っていった。彼らはおそらくコンソへ戻るのだろう。あれに乗せてもらえれば・・・とは思ったのだが、基本的に人はいっぱいに乗っていて、オイラたちを乗せる余裕はなさそう。
さて、1時間半くらい待っただろうか。とうとう、「直らない」と運転手と助手がサジを投げた。うむ、これ以上待っても無駄だ。ベンジが「とりあえず、トゥルミに戻ろう」と言う。トゥルミまで4km、歩いていくのか・・・ああ、タフだなぁ・・・最終日にこの仕打ちか。まぁ、トゥルミに向かうハマル族の人たちと一緒に歩けるのは、なんだかちょっと面白い、と、元気なオイラは、前向きなテンションなのだが、相変わらず体調不良なベンジは、結構辛そうだ。
「ヨシ、ディス・イズ・アフリカだ」と、力弱く言うベンジ。ああ、最後もソレだな。ここは、強烈にアフリカを体験できるところだよ。辛い・・・けどなんだか心が躍ってしまう。リアル・アフリカってこういう複雑な気持ちを抱かせてくれる。
と、ヨタヨタと歩いてトゥルミに戻っていたら、前方、トゥルミ方面から一台のトラックが近づいてきた。「ヨシ、トラックだ。乗せてもらうよう交渉してみるよ」と、ベンジは言い、トラックを止めて、運転手と話し始めた。が、ダメだったようで、無情にも、オイラたちの脇を走り去り始めてしまったトラック。「ダメだったの?」「ああ」と、再びトゥルミへ歩き始めようとしたオイラたちの後ろで、先ほどのトラックが止まった。そして、助手席から助手が降りて、こちらを手招きしている。「何々?やっぱり乗せてくれるの?」と、慌てて駆け寄るオイラたち。運転手のおじさんの気が変わったようで、乗せてくれることに。やったぁ、と、ベンジとハイタッチをし、トラックの助手席に乗り込む。バックをもったまま乗り込もうとしたところ、助手席はそんなに広くない。バッグをもったままだと、ギュウギュウになってしまう。「そのバッグは邪魔になるから、荷台に置きな」と運転手のおじちゃんに言われ、オイラのバッグは、そのまま荷台へと放り込まれてしまった。うっ、ノートパソコンが入ったままだ。いつもなら、こういう状況では、パソコンだけでも膝に抱えて持っていくもののだが・・・今回は、そういう余裕がなかった。荷台で大丈夫かいな、と心配ではあったのだが、もう、トラックは走り出してしまい、なんともできない状態に。ま、いいか、これくらいの道ならどうってことないだろう、と始めは思ったものの、道はどんどん悪くなり、トラックの振動が激しくなってくる。ああ、大丈夫じゃないかも、オイラのノートパソコン・・・
そんなガタガタ道を走るトラック。パソコンはもはや心配をしてもしょうがないので、心配するのはやめた。壊れたら壊れただ(といって、ホントに壊れたら泣いていただろうが)。それよりも、助手席から前方に開けている風景に目が奪われるようになった。向こう側から歩いてくるハマル族の人たちが見える。そして、その様子を写真に撮れる。うむむ、綺麗に磨かれたトラックの前方ガラス。このトラックの助手席はいい。マーケットでのハマルの人たちの姿は、カイアファールで十分に堪能してしまっていたオイラとしては、このサバンナの大地を歩いていくハマルの人たちの姿を見れるほうがうれしかった。うん、今日、マーケットを諦めて、早めに帰ることにして正解だったな。最初に乗ったトラックが故障したのは、予定外だったけど。
さて、トラックはひたすら走り続ける。周囲の風景はすこしづつ変わっていく。民族の人たちも変わって行くらしく、このエリアはエルボア族が住んでいる地区だとか、いちいちベンジが説明してくれる。
相当長い間、悪路を走り続け、ようやく・・・舗装道路に出た。とりあえず、穴や岩砂利にタイヤをとられないようにと、神経集中して、運転を続けていた運転手のおじさんが疲れてしまったようで、舗装道路に出たすぐ脇にあったレストランで、休憩することに。最初、20分くらいで、出発するからと言われていたのだが、おじさん、予想以上に疲れ果てていたのだろう、20分たっても出発しようとしない。ノンビリとレストランの椅子に腰掛けたままだ。どうやら、まだしばらく休憩をしていくとのことなので、ベンジとここで、ランチを食べることにした。で、ここで頼んだ、バヤイネットというファスティングなインジェラ飯、これが、激ウマだった。そうそう、今日から二ヶ月間、基本的に肉を食べない時期に突入するとのことで、肉なし料理となる。で、「ヨシ、今日はチブスはない。バヤイネットがお勧めだから食べてみるか」と言って、オーダーしてくれた、このファスティングなベジタブル料理。いやぁ、今まで食べたインジェラ料理の中で、一番だったな。そうそう、ベンジがいてくれたおかげで、オモバレー周遊中、飯は毎回、美味いものが食えたのですよ。基本インジェラ料理だったんですけど、ウマイインジェラ料理の店ばかりに連れて行ってくれてたから、砂入りとか、変なインジェラに出くわすこともなく。おいしいインジェラで、インジェラを食べ慣れてきたせいか、さらにインジェラ好きになってきてしまったオイラだったのでした。
さて、結局1時間半ほど休憩して、ようやく、コンソに向けて出発。ここからは、舗装道路で快適車旅。そして、道脇に見える民族の人たちの雰囲気がガラリと変わってしまった。ザッツ・アフリカな雰囲気は消え、見慣れたエチオピアの風景が立ち上がってくる。
「ヨシ、ディス・イズ・アフリカはもう、終わりだ。ここまで来れば、あとはどうにでもなる」と、安堵表情のベンジ。ちょっと元気になってきたようで、口数が増えてきた。トラックの運転手のおじさんも、舗装道になり、運転がしやすくなったからか、ベンジと楽しげに会話を交わす。そんなアムハラ語が飛び交うその間に、挟まれるように座っているオイラ。
ディス・イズ・アフリカな世界とも、もうお別れか・・・
楽しそうになってきた、ベンジや運転手のおじさんとは違って、ちょっぴりテンションが落ちてきたオイラ。戻ってこれたという安堵感はあるのだが、それ以上に、なんだか寂しい気持ちがオイラの心の中いっぱいに広がってきた。
まだここに居たいっていう感情とはちょっと違う。ハードだったオモバレー旅、ここを旅するのはもう満腹って感じではある。でも、ココからは離れたくない。そう、ここに居たいワケじゃないのだが、ここから、離れたくないっていう矛盾した感情なのだ。
自分でもコントロール不能な、感情を抱いたオイラを乗せたトラックは、コンソに到着してしまった。降りたくないが、降りる。で、到着したコンソでは、マーケットが繰り広げられていた。トゥルミのマーケットが見れなかったから、ここで、コンソマーケットを見ていこう、ということになり、ちょっぴり元気になったベンジは、逆にちょっぴりテンションが落ちたオイラを連れ出し、マーケットへ。が、やっぱりテンションがあがらないオイラは、とりあえず、雰囲気だけ味わって、早々と、アルバミンチに向かうミニバスに乗り込むことに。
そういえば、ずっと気になっていた疑問があった。それを最後にベンジに聞いてみた。「なんでこんなにマーケットばかりやっているの?」って。すると、思いもよらなかった粋な答えが返ってきた。「男と女が出会うためさ」
さて、乗り込んだミニバス。マーケット日ということで、とにかく人で溢れているミニバスの中で、ギュウギュウ詰めにされていたら、気持ち悪くなってきた。今頃になって、疲れがどっと押し寄せてきた。
いやぁ、今日は一日バスに乗ってたし・・・一日に一気に動こうとするから、疲れるんですな。一日中ガタガタ道を走る車に乗って揺られていると、体は消耗しきってしまいます。小刻みに刻みながら移動すれば、こんなに疲れることはないのかも。
そして、ついにアルバミンチに到着。「生きて戻ってきたゼイ」と、ベンジと握手して肩を寄せ合うエチオピア式の挨拶をして無事の帰還を祝う。「ヨシ、オモバレーは、四駆をチャーターして行くべきところだよ。今回みたいな形ではいくべき場所じゃない」と改めて、ベンジが言う。うんうん、なんか余計なマージンをいっぱい払わされたような気がするけど、交通手段確保に駆け回ってくれたのはホント。ベンジさん、お疲れ様でした。オイラとしては、いろんなことを経験できて、面白い旅ができたんで、満足ですよ。
「生きて戻ってきたゼイ」・・・そうだ、オモバレーでは、<生きる>ってことを実感させられた。
過酷なサバンナの大地。オイラたちからすれば、ここで生きていくって大変なんだろうって思っていたのだが、ここで昔ながらの変わらない生活を送っている人たちを見ていたら、そうじゃないんだって気づいた。彼らにとっては、ここは<住みやすい>場所なのだ。だって、変わっていないのだから。変わるっていうのは、不満があるから変えるのだ。ここの人たちは<不満ではない>から<変わらない>のだ。この地が人類発祥の地だ、というのは、南部旅に旅たつ直前にネットで調べた。人類が生まれえる、人類にとって優しい環境が、ここにはあるのだ。そして、その環境は、長い間あいも変わらず、ここで生活している人たちを包み込んできたのだ。
逆に、高度に発達しているように見える<オイラたちが生きている社会>というのは、不満のある環境に進出した結果<変えざるをえない>状況に追い込まれた人類が、作り出したもの。オイラたちが<快適>と思っている文明社会のある場所は、そもそも人類にとって厳しい地であったのだ。そこには<無理>があった。無理をなんとかしようとするのが、人類の知恵なのだが、なんとかすることによって、必ず、無理による歪みが生じる。この歪みが、文明社会の裏に潜む、圧迫感となる。
無理のない世界で生きている、オモバレーの人たちは、開放的だ。いや、裸で生活をしているから開放的って言っているワケではない(ま、実際、そういうことで開放感を感じる面もあるのだが)。心が開放されている感じがする。生き方に無理がない。食べて飲んで、オシャレをして、みんなで騒ぐ。時間はたっぷりあるのだから、行きたいところまで延々歩けばいい。観光客が来るから、お金を落としていくから、ちょっと狡賢くもなるけれど、基本的には、コ難しいことなんて考えない。楽しくはしゃいで、気に入らないことがあったら喧嘩して、悲しいことがあったら泣き、みんなで笑いあう。そして、助け合う。
本来、生きるって、そういう単純なこと。
そのことに気づいたオイラではあったが、じゃあ、今のオイラが、そういうふうに生きれるか、って問われると、たぶん、無理。もう、違う生き方をする人になっちゃっているのだ。でも・・・でも・・・オモバレーにいる最中、ずっとテンションがあがりっぱなしだったのは、きっと、オイラの中の根源が、久しぶりに戻ってきた<本来の生きる>っていう空気に、敏感に反応しちゃったからなんだと思う。
オモバレー、そんなことを考えさせてくれる素敵な場所でした。
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