(English)
I stayed in Cairo.
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さてさて、実は、今エジプトは政情不安な状況。シナイ半島はテロリストが潜伏しているから足を踏み入れてはダメだって話だし、ここカイロも週末になるとデモがあり、その後暴動に発展することもよくある、という話。
そんな話をニュースで聞いていたので、最初はビビッてて、エジプトに行くことは躊躇してたんです。が、メディアからのニュースだけではなく、旅人からの情報などをいろいろ入手して総合的に判断した結果、荒れていると言われていたマリに行ってきた経験上、政情不安とニュースが流れていても、今のエジプトは、行ってみたら実は穏やかなのでは、と思い、ビビり心の反応が小さくなったので、行くことにしたんですわ。
で、実際、カイロの日常は穏やかなものだった。大きな広場が封鎖されて鉄条網が張り巡らされていたり、博物館の周りに装甲車が並んでいたりして、ところどころに、物騒な雰囲気を醸し出すものがあるものの、街のストリートは普通に歩いている人たちでいっぱいだし、店は普通に営業していて、いわゆる普通の日常生活が繰り広げられている。
ニュースってやつは日常と違った面を取り上げてそれを伝えていくもの。逆に日常が伝えられることはほぼないから・・・ニュースで見たものがすべてだと思い込まされるのは間違いなのだ。たまたま起こったことが取り上げられているに過ぎない。その裏には、淡々とした日常があるのだということを、ちゃんと読み取らなきゃいけないのだ。
もちろん、テロやデモが起こったのは事実。そして、これからも起こる可能性はあるので、今オイラが感じている日常も、ただの一面でしかない。マリが大丈夫だったからといって、エジプトでも大丈夫かどうかはワカラナイ。
ただ、ニュースで伝えられることが全てだ、と思うことだけは逆に誤ったモノの見方を招くからやめておいた方がいい、ということ。
そのためには、自分の目で見るのが一番。世界をこの足で訪れる意味、それは、激しいニュースと穏やかな日常のギャップをこの体で感じ、ニュースの一面性を認識し、ニュースに踊らされない、豊かなモノの見方を身につけるってことなんだと思う。
といっても、古くは幸田さんの件、そして、今やISISの後藤さん、湯川さんの件(この日記を書いているのは2015年2月6日)など、その足で訪れてしまったがゆえに、不幸な結果になってしまうことがある。
こういう状況の場所を訪れるってことは、紙一重。
訪れるかどうか悩む際、危険な場所であったら、避けるべし。ただし、危険かどうかの判断は、本人の裁量。しかも、これまで大丈夫だった経験を重ねれば重ねるほど、その判断は甘いものになりがち。
で、こんな時、正しい判断に導いてくれるのは<ビビる気持ち>なんだと思う。ビビる気持ちが、本当に危険な場所へ行くのをためらわせてくれる。このビビる気持ちが正常に働いていれば、おそらく間違った判断は下さずに済む。これまで、オイラがなんだかんだいって、大事に至らないようにすんでいるのは、基本ビビりなんだからだと思っている。
激動の世界を旅する上で、判断を甘くさせない<ビビりの気持ち>だけは、いつまでも持っていなければ、と思う。ビビるってこと、これは一見負のイメージがある感覚なのだが、情けない感覚などではない。生きていくうえで、非常に重要な感覚なのだ。
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